良書紹介

四丁目の夕日 (扶桑社文庫)

四丁目の夕日 (扶桑社文庫)







全く救いのない、陰惨極まりないといった内容で、そのうえグロい描写もあるのだが、
不思議と読後感は、スッキリ爽やかでもないが、
ああ良い本に触れられたなあという、なんだか納得出来るような、諦念まじりのすんなりさがある。
これは恐らく作者の心に悪意のようなものが無いからであろう。
いや、ブラックジョーク的な悪意はあるかもしれないが、
暗く、陰惨な世界を描こうという気負いは全く無いあたりが、そうさせるのかもしれない。
我々が生きるこの世界の無情感を切り取り、表現しようとしただけであろう。


不幸という現象は、呆気なく、下らなくも起こり、しかし見舞われた人間を暗い世界に追いやる。
そこに意味などは無い。ただ起こり、ただ見舞われ、ただそれに対応して生きる。
それが人生というものなのである。
30年間の闘病生活を送ったのちに、ようやく回復出来たところ、
しかし別の病気が原因で、呆気なくその人生の幕が閉じる。
虚しいだろうか。虚しいようでも、それが人生なのである。
結果なんてものは、誰にしたって、ただ虚しい。
ある人が生まれてきて、歳をとって、死にました。
それだけで片付けられない人などいない。
だから人生というものは、たえず過程で、何をどう感じるか、それが全てなのである。


主人公であるたけしが、精神崩壊後、夜な夜な下水道で、
ナットを下水に投げ捨て、その波紋に描く妄想とも回想ともつかぬ想いにはせるシーンは、何よりもあたたかい。
全ての幸福は、そういった想いの延長線上にあるのではないだろうか。
その想いこそが、生きるという事であると、幸せという事であると、強くそう思う。